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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2335号 判決

原告

Y

T

E

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

小池晴彦

外一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告らと被告との間において、原告らの被告に対する東京地方裁判所平成四年(ワ)第一五二六八号事件についての訴訟促進による国庫立替えに基づくとする立替金債務金六九八円の存在しないことを確認する。

二1  主位的請求

被告は、原告らに対し、金一円及びこれに対する平成六年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告は、原告らに対し、各金一円及びこれに対する平成六年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、大別して、次の二つの請求から成っている。

その一は、原告らが国を被告にして東京簡易裁判所(以下「東京簡裁」という。)に訴えを提起した慰謝料請求事件(後に、東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)に移送された。)につき、原告らに判決正本を送達するのに必要な郵便切手が原告らの予納郵便切手では不足しているとして、訴訟促進による立替金として立て替えた六九八円を、東京地裁事務局長が原告Y(以下「原告Y」という。)に対し納付するように催告する納入告知をしたことについて、原告らが、被告に対し、右立替金債務の不存在確認を求めたものである。

その二は、右事件の担当裁判長裁判官及び担当書記官が右事件につき原告らの予納した郵便切手の金種別の使用明細を原告らの求めにもかかわらず何ら明らかにしなかった措置及びそのような状況のままに右事務局長が原告Yに対し右納入告知をした措置が違法であること、並びに右事件の第一審において原告らの請求を棄却した判決及びこれを支持した上級審の各判決について、担当裁判官が原告らの主張を独断と偏見で採用せず、審理不尽のまま判決をしたなどの違法があることを理由として、原告らが、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき、主位的に金一円の、予備金に各金一円の慰謝料の支払を求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告らによる訴えの提起と郵便切手の予納

原告らは、平成四年七月八日、東京簡裁に対し、日本社会党所属ほかの一部の参議院議員及び衆議院議員が第一二三回国会において本会議の表決の際に投票行為に殊更時間を費やすいわゆる牛歩戦術を行ったことにより原告らが耐え難い精神的苦痛を受けたとして国に対して慰謝料一円の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成四年(ハ)第三六六九号慰謝料請求事件)。その際、原告らは、東京簡裁に総額八三五八円の郵便切手を予納した(予納された右郵便切手の金種別の内訳の点はしばらくおく。)。

その後、右事件について、平成四年七月二九日、東京地裁への移送決定(確定)がされ、右事件は、東京地裁に移送された(同裁判所平成四年(ワ)第一五二六八号慰謝料請求事件。以下、右移送前の事件を含めて「前訴」という。)。

2  前訴についての一審判決とそれについての上訴結果

(一) 東京地裁において前訴を担当した裁判長裁判官H(以下「H裁判官」という。)、裁判官N及びSは、平成五年三月二二日、原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決(以下「前訴一審判決」という。)を言い渡した。

(二) 前訴一審判決の理由の要旨は、次のとおりである。

国会議員の表決行動が国賠法一条一項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の表決行為が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したか否かによって定まると解されるところ、憲法五一条の規定が国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除しているのは、国会議員の院内における表決行為等の行動は政治的責任の対象とするにとどめるのが国民の代表者による政治の実現を期する目的にかなうものである、との考慮によるものであるから、国会議員は、院内における表決行動に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではない。したがって、国会議員の院内における表決行動は、原則として、国賠法一条一項の規定の適用上、違法の評価の対象とはならない。本件投票行為についてみても、それが原告らに対する侮辱罪を構成するとは認められず、また、その適否を評価すべき例外的場合に当たるとも認められないから、本件投票行為は、国賠法一条一項の規定の適用上、違法の評価の対象とはならず、したがって、原告らの請求は、いずれも理由がない。

(三) 原告らは、前訴一審判決を不服として控訴した(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一一七三号慰謝料請求事件)が、同年七月一九日、控訴棄却の判決がされ、原告らは、さらに、上告した(最高裁判所平成五年(オ)第一七二〇号慰謝料請求事件)が、平成六年二月八日、上告棄却の判決がされた。

3  前訴一審判決正本の原告らへの送達とその後の経過

(一) 前訴一審判決の後、前訴の担当書記官であるK(以下「K書記官」という。)は、右判決正本の原告らに対する送達手続において、原告T(以下「原告T」という。)に対しては右判決当日自ら直接これを交付して送達したが、その余の原告らに対しては直接交付して送達することができなかったため、これを特別送達の方法により平成五年三月二四日に送達した。その際、K書記官は、原告Yに対し、右判決正本の一丁目表に「郵便切手六九八円不足です。立替えておきますので、お送り下さい。」と記載した付せんを添付し、郵便切手六九八円の送付を催促した。

(二) 原告Yは、H裁判官に対し、平成五年三月二六日付け「お尋ね」と題する書面及び同月三一日付け「再度お尋ね」と題する書面により、原告らが予納した郵便切手の使用明細等についての説明書(「以下「本件使用明細説明書」という。)の交付を求めた。

(三) 東京地裁事務局長T(以下「T事務局長」という。)は、原告Yに対し、平成五年六月一〇日、前訴についての訴訟促進による立替金として六九八円の納付を催告する納入告知書を発送し、右書面は、その後間もなく、同原告に到達した(以下「本件納入告知」という。)。

二  争点

1  本件納入告知に係る立替金債務の存否

(一) 被告の主張(抗弁)

(1) 判決正本の送達に要する費用は、民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」という。)一一条一項一号により、訴訟費用として当事者が納めるべきものとされ、また、判決正本の送達は裁判機関が職権でする行為であるから、同条二項により、右送達に係る費用の納付義務者は、裁判所が定めることとなる(なお、裁判所が納付義務者を定めるについては、その方式に別段の規定がないことから、独立の裁判は必要とされていない。)。そして、裁判機関が職権でする行為に係る費用の納付義務者は、当該行為がいずれの当事者のために行われたものであるかを基準として定められるべきものであるところ、訴えは、原告が裁判所に対して判決を求める行為であり、判決は、原告に対する裁判所の回答そのものであるから、正に原告のためにされる行為である。したがって、その判決の正本の送達も、原告のためにされる行為にほかならないから、それに要する費用の納付義務者も、原則として、独立の裁判を要することなく原告と定められるべきものである。

ところで、一個の判決において複数の原告がいる場合には、いずれの原告に対する判決正本の送達も当該原告らの裁判所に対する申立てに裁判所が回答する行為の一環としてされるものであるから、当該原告ら全員が判決正本の送達に要する費用全額について、独立の裁判を要することなく納付義務者と定められるべきものであり、そして、納付義務者が複数定められた場合には、当該納付義務者全員がそれぞれ右費用を納めなければならないものであるから、右複数人の納付義務は、不真正連帯債務の関係に立つものである。

(2) 原告らは、前記一1のとおり、東京簡裁に前訴を提起し、その際、総額八三五八円の郵便切手を同裁判所に予納したが、東京簡裁及び東京地裁は、前訴において、右郵便切手を別紙予納郵券使用経過のとおり使用した。

K書記官は、前記一3のとおり、前訴一審判決の判決正本の送達について、原告Y及び原告E(以下「原告E」という。)に対しては特別送達の手続を採ることとしたところ、原告らが予納した郵便切手の残額が右二名の原告らに対し特別送達をするには六九八円不足していたが、右二名の原告らに対する判決正本の送達をしないままに放置することは相当でないと判断し、右不足額について裁判費から立替支出することとして、平成五年三月二二日、右不足額につき国庫立替えの手続を採った上、右二名の原告らに対し右判決正本を特別送達した。

(3) 原告らは、右(1)のとおり、それぞれ被告に対し判決正本の特別送達に要する費用全額の納付義務を負っているものであるから、前訴一審判決の判決正本を右二名の原告らに特別送達するため国庫立替えにより支出した六九八円についても、原告らが、各自、被告に対してその支払義務を負っているものというべきである。

(二) 原告らの主張

(1) 原告らが東京簡裁に前訴を提起した際予納した郵便切手の金種別内訳は、①四一〇円券一六枚、②三一〇円券二枚、③一〇〇円券二枚、④六二円券一四枚、⑤一〇円券一〇枚、⑥一円券一〇枚の合計八三五八円である。

(2) 被告は、前訴における右郵便切手の金種別の使用明細を原告らに明らかにしていないが、これを明らかにしない以上、前訴一審判決の判決正本を原告Y及び同Eに特別送達するのに郵便切手の残額が六九八円不足していたとする法的根拠は何ら存在しない。

2  本件使用明細説明書の不交付及び本件納入告知の違法性の有無

(一) 原告らの主張

(1) 郵便切手による訴訟費用の予納は、郵便切手の現物寄託であるから、予納された郵便切手の所有権は、これを予納した当事者にある。

したがって、裁判官、裁判所書記官及び裁判所事務官は、郵便切手を予納した当事者からその金種別の使用明細についての問い合わせに対しては、誠実に回答し、右当事者に対し郵便切手の残額の不足分を請求する場合には、その金種別の使用明細を明らかにしてこれをすべき信義則上の義務がある。

また、費用法二九条一項によれば、予納された郵便切手の管理に関する事務は裁判所書記官が取り扱うものとされ、同条二項によれば、右裁判所書記官の責任については、物品管理法に規定する物品管理職員の責任の例によるとされているところ、同法一七条において、右職員の善管注意義務が定められているから、結局、裁判所書記官は、予納された郵便切手の管理について、善管注意義務を負っており、右注意義務の内容としても、右に述べたような義務を負っているものというべきである。

(2) ところが、前記一1及び3のとおり、原告らは、前訴の提起の際総額八三五八円の郵便切手を訴訟費用として予納したにもかかわらず、K書記官から不足の郵便切手六九八円の送付を要求されたため、同書記官に対し口頭で数回にわたり本件使用明細説明書の交付を要求し、さらに、原告Yは、H裁判官に対しても、書面で二度にわたり、右使用明細説明書の交付を求めたにもかかわらず、そのいずれからも右使用明細説明書の交付がされず、また、口頭の説明もなかった。

そのような状況の中で、T事務局長は、前記一3のとおり、原告Yに対し、本件納入告知をした。

(3) したがって、H裁判官及びK書記官が原告らに対し本件使用明細説明書を交付せず、かつ、そのような状況の中で、T事務局長が本件納入告知をしたことは、右(1)で述べた義務に違反し、違法というべきである。

(二) 被告の主張

(1) 郵便切手による訴訟費用の予納は、費用法一三条に規定されているように、原則である金銭による納付に代えてされるものであるから、右予納により、その券面額に相当する金額が予納されたのと同一の効果を生じる。郵便切手による予納がこのような制度である以上、予納された郵便切手は金銭に代わるものであり、その所有権はいったん国に移転するものである。

(2) このように、郵便切手による予納があれば、その券面額に相当する金額の金銭の予納がされたのと同一の効果を生じ、当事者の予納義務もその分だけ消滅するものであるから、裁判所は、予納された郵便切手の総額さえ記録しておけば足りることとなり、郵便切手の枚数及び個々の券面額自体を記録する必要は存しない。

このため、裁判所においては、訴えその他の申立てを受け付けた時点で、予納された郵便切手の枚数及び券面額を確認した上、その総額を訴状等の一丁目に記載し、右郵便切手の枚数及び個々の券面額自体は記録しない取扱いをしている。

(3) したがって、郵便切手による訴訟費用の予納が現物寄託であるとし、その所有権が予納した当事者にあることを前提として、裁判官、裁判所書記官及び裁判所事務官に使用した郵便切手の金種別の使用明細を明らかにするなどの義務があるとする原告らの主張は、主張自体失当である。

(4) なお、前訴においても、右(2)のとおりの取扱いがされており、原告らの予納した郵便切手の管理等に関して、K書記官、H裁判官及びT事務局長の採った対応又は措置に違法な点はない。

また、予納された郵便切手の使途等に関する原告からの問い合わせに対しては、K書記官が、平成五年三月三〇日付け文書によってその使用状況を具体的に回答している。

3  前訴一審判決及びその上級審の各判決の違法性の有無

(一) 原告らの主張

(1) 前訴一審判決において、H裁判官ほか二名の担当裁判官は、原告らの主張事実を全く採用せず、故意による審理不尽のまま、悪意により事案の概要を歪曲して把握し、憲法五一条及び国賠法一条一項の歪曲解釈を行い、自由心証主義を濫用して、前記一2のとおり、原告らの請求をいずれも棄却する判決をした。

そして、前訴の控訴審及び上告審の各担当裁判官も、原告らの主張事実をことごとく無視して、前訴一審判決を支持する判決をした。

(2) 前訴一審判決及びその上級審の各判決において、各担当裁判官が裁判官としては絶対にすることが許されない政治判断を行ったことは明白であるから、右各判決には、裁判官が違法又は不当な目的をもってその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められる特別の事情が存在し、国賠法一条一項の違法がある。

(二) 被告の主張

(1) 裁判官がした争訟の裁判が国賠法一条一項の規定にいう違法とされるためには、単に上訴等の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したことだけでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められる特別の事情があることを必要とする。

(2) 本件においては、原告らの主張を前提としても、前訴一審判決及びその上級審の各判決について、各担当裁判官が明らかにその付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したという特別の事情は全く認められないから、右各判決には何ら違法がない。

4  原告らの損害の有無及びその金額(慰謝料額)

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  判決正本の送達費用の納付義務者について

(一) 費用法一一条一項一号は、裁判所が証拠調べ、書類の送達その他の民事訴訟等における手続上の行為をするため必要な給付に相当する金額は訴訟費用として当事者等が納付するものとする旨定め、同条二項は、右費用を納めるべき当事者等は他の法令に別段の定めがある場合を除き申立てによってする行為に係る費用についてはその申立人とし、職権でする行為に係る費用については裁判所が定める者とする旨定めている。

これを本件に即してみると、問題とされている判決正本の特別送達に要する郵便切手は、同条一項一号に定められた訴訟費用に当たるので、当事者等にその納付義務があり、その納付義務者については、民訴法一六〇条の規定で送達は職権で行うと定められているから、費用法一一条二項の規定により、裁判所が定めることとなる。

(二) そして、裁判機関が職権でする行為に係る費用の納付義務者は、本来、当該行為がいずれの当事者のために行われたものであるかを基準として定められるべきものであると解されるところ、一審判決は、原告が訴えにより裁判所に対して判決を求めたことに対する回答の性質を有するものであるから、費用法一一条二項の適用との関係で、それが原・被告のいずれのためにされるものかといえば、原告のために行われるものと解すべきである。したがって、その判決正本の送達も、原告のためにされる行為というべきであるから、それに要する費用の納付義務者も、本来、原告と定められるべきものといわなければならない。

また、一つの判決において複数の原告がいる場合、少なくとも、当該原告らが一つの訴状をもって訴えを提起しているとき、すなわち当該原告らの請求を主観的に併合して訴えを提起しているときは、当該原告らは、裁判管轄(民訴法二一条)、訴額の算定(同法二三条一項)、審理手続等における利益を享受するために右のような形で訴えを提起したものというべきであるから、そのような訴えに対する回答の性質を有する判決の判決正本の送達についても、それに対応して、当該原告ら各自がその費用全額の納付義務者と定められるべきものといわなければならない。

(三) ところで、この納付義務者を定める方式については法令に別段の規定が存しないが、裁判所は納付義務者に対し費用を予納させようとする場合には予納命令(費用法一二条)を、また納付義務者が費用を納付しない場合には取立決定(同法一四条)を発するものと定められており、同法一一条二項に基づく納付義務者の決定は、これらの裁判の前提となる意思決定にすぎないというべきであるから、納付義務者を定めることだけを目的とした独立の裁判は必要ではなく、適宜これを決定した上、納付義務者に対する予納命令、取立決定若しくは事実上の連絡又は予納された保管金若しくは郵便切手の中から費用を支出することなどによりこれを外部に表示することをもって足りると解するのが相当である。

(四) そして、先に述べたような理由で納付義務者が複数定められた場合は、当該納付義務者全員がそれぞれ費用を納めなければならないものであるから、それらの者の納付義務は、不真正連帯債務の関係にあるものと解すべきである。

2  本件納入告知に係る原告らの立替金債務について

(一) 原告らは、東京簡裁に前訴を提起した際、総額八三五八円の郵便切手を同裁判所に予納したが、甲九、一〇、乙一、四、五によれば、東京簡裁及び東京地裁の各担当書記官が原告らの予納に係る郵便切手を別紙予納郵券使用経過記載のとおり使用した事実を認めることができ、他に、右認定を妨げるに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告らの予納に係る郵便切手が費用法一一条一項一号に掲げる費用のために適正に使用されていることが明らかである。

(二) そして、前記1(三)で述べたとおり、予納された郵便切手の中から費用が支出されたときは、裁判所が当該郵便切手を予納した者を費用の納付義務者と定めたものと解すべきであるから、原告らの予納に係る郵便切手が、右予納郵券使用経過記載のとおり使用されたということは、取りも直さず、前訴を担当した東京簡裁及び東京地裁が右予納郵券使用経過記載の各書類の送達に要する郵便料金については、同(二)で述べた理由から原告らを納付義務者と定めたものと解すべきであり、したがって、これらの郵便料金の合計額九〇五六円から原告らが予納した郵便切手の合計額八三五八円を差し引いた六九八円、すなわち前訴一審判決の判決正本の原告Y及び同Eに対する特別送達の費用の不足額について、原告らは、各自、納付義務を負っているものといわなければならない。

(三) ところで、昭和二五年一二月一日経理・民事第一号高等裁判所長官・地方裁判所長あて最高裁判所事務総局経理局長・民事局長通達「民事訴訟の迅速処理に伴う経費の支出について」の三によれば、訴訟費用の予納を要する行為につき当事者が予納した額以上の費用を要し、その不足額の納入を督促しても当事者がこれに応じない場合において、やむを得ないときは、その不足額を裁判費の項から立替支出することにより処理して差しつかえないとされている(この点は当裁判所に職務上顕著である。)ところ、右のとおり、原告Y及び同Eに対し前訴一審判決の判決正本を特別送達するには原告らから予納された郵便切手では六九八円不足するにもかかわらず、右原告らに右判決正本が特別送達されているのであるから、右不足額については、被告主張のとおり、右通達に基づき、裁判費から国庫立替えの手続が採られたことは明らかというべきである。

したがって、原告らは各自被告に対し右立替金六九八円の支払義務を負っているものというべきであるから、被告の抗弁は理由がある。

二  争点2について

1  予納された郵便切手の所有権の帰属について

費用法一二条は、同法一一条に定められた訴訟費用について、当事者等の予納義務を定め、同法一三条は、裁判所は右費用のうち郵便物の料金に充てるための費用に限り、金銭に代えて郵便切手で予納させることができる旨を定めている。

これらの規定は、裁判所が証拠調べや書類の送達などの行為をするために必要な出費に見合う金額を当事者等の負担とした上、当事者等にこれらの金額をあらかじめ納付すべき義務を負わせるとともに、裁判所が郵便物の料金として支出する金額に限り、金銭の出納手続に伴う裁判所と当事者等との手数を省くため、金銭に代えて郵便切手で予納することを認めたものと解される。

このように、郵便切手による訴訟費用の予納は、原則である金銭による予納に代えて行われるものであるから、訴訟費用のうち郵便物の料金に充てるための費用に関しては、これが郵便切手で予納されたときであっても、その券面額に相当する金額の金銭が予納されたのと同一の効果を生じるものである。したがって、この場合、当該郵便切手は、金銭に代わる価値そのものとして扱われ、金銭同様に価値を化現するものにすぎないから、その所有権も、また金銭と同じく占有に伴って移転するものと解すべきである。

そうだとすると、予納された郵便切手の所有権は、被告が当該郵便切手の占有を取得した時、すなわち裁判所が当該郵便切手の予納を受けた時に、予納者から被告に移転しているものといわなければならない。

2 予納された郵便切手の金種別の使用明細に関する被告の説明義務について右1のとおり、予納された郵便切手は金銭と同様に価値を化現するものにすぎず、その所有権は被告に帰属するものであるから、予納者と被告間の法律関係は消費寄託(民法六六六条参照)に類するものと解すべきであり、裁判所は、訴えその他の申立てを受け付けた時点で、予納された郵便切手の枚数及び券面額を確認した上その総額を記録し、その後、書類の送達等のために郵便切手を使用するごとに、その使用額を記録し、事件終局時に予納された郵便切手に残余があれば、残余の額に相当する券面額の郵便切手を予納者に返還すれば足りるのであって、予納された郵便切手及び使用された郵便切手の枚数及び個々の券面額自体を記録する必要はないものというべきである。

したがって、裁判官、裁判所書記官及び裁判所事務官には、原告ら主張のような信義則上の義務又は物品管理法一七条に定められた善管注意義務の内容として、郵便切手を予納した当事者からの右郵便切手の金種別の使用明細についての問い合わせに対して回答すべき、あるいは右当事者に右郵便切手の残額の不足分を請求する場合にその金種別の使用明細を明らかにしてこれをすべき職務上の法的義務はないものというべきであるから、前訴において、H裁判官及びK書記官が原告Yからの予納された郵便切手の金種別の使用明細についての問い合わせに対し回答せず、本件使用明細説明書の交付もしなかったこと(なお、乙一によれば、K書記官は、平成五年三月三〇日ころ、同原告に対し、右郵便切手の使用状況を金額を明らかにして説明する書面を交付していることが認められる。)及びそのような状況の中でT事務局長が同原告に対して本件納入告知をしたことに何ら違法な点は存しないといわなければならない。

この点について、原告らは、郵便切手の予納が現物寄託であり、予納された郵便切手の所有権が予納者に帰属することを前提として、るる主張するが、右主張は、独自の見解に基づくものであり、採用することができない。

以上の次第で、争点2についての原告らの主張は理由がない。

三  争点3について

裁判官がした争訟の裁判につき国賠法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が認められるためには、当該裁判官が、違法又は不当な目的をもって裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告らは、前訴一審判決及びその上級審の各判決に関与した裁判官が、右各判決において、いずれも司法判断ではなく政治判断を行ったものであるなどとして、右各判決には、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められる特別の事情がある旨主張する。

しかしながら、原告らが右の特別の事情があるとして主張するその内容を子細に検討すると、結局のところ、独自の見解を前提として前訴一審判決及びその上級審の各判決の認定判断又は判断を論難しているものにすぎないから、原告らの主張するような事柄が右の特別の事情に当たらないことは明らかであり、他に、右各判決について、右の特別の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点3についての原告らの主張も理由がない。

第四  結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横山匡輝 裁判官江口とし子 裁判官市原義孝)

別紙予納郵券使用経過〈省略〉

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